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桑原神社:香春神社や英彦山神宮と同じ祭神を祀る西暦113年にできた由緒に神仏習合の記述がある珍しい神社。

福岡県田川郡大任町の桑原地区の鎮守社の「桑原神社」は、景行天皇即位43年(西暦113年)の春、建立。由緒に神仏習合の記述がある珍しい神社。

また、鳥居の隣の石碑には「桑原屯倉之跡」とあり、ヤマト王権の支配制度の一つで全国に設置した直轄地を表す語である「屯倉(みやけ)」ここにあったことを示している。

日本書紀には、継体天皇22年(528年)九州に糟屋屯倉(福岡県粕屋郡)が置かれ、続く安閑天皇期には関東以西の各地に数多くの屯倉が設けられた。安閑天皇元年(534年)には伊甚屯倉(千葉県夷隅郡市)をはじめ10個ほどの屯倉が、翌年には筑紫国に穗波屯倉(福岡県嘉穂郡穂波)・鎌屯倉(福岡県嘉穂郡東半)の各屯倉、豊国に滕碕屯倉(未詳)・桑原屯倉・肝等屯倉(福岡県京都郡刈田町?)・大拔屯倉(福岡県北九州市小倉区貫)・我鹿屯倉(福岡県赤村?)など20個あまりの屯倉が設置されたことが記されている。

桑原神社の祭神

辛国息長大姫大日命(隣町の香春町にある香春神社の祭神を勧請)
天忍穂耳命(隣町の添田町にある英彦山神宮の祭神)
天穂日命(大任町内の柿原地区にある菅原神社の祭神)

桑原神社の由緒

「豊前風土記逸文」に、辛国息長大姫大日命は、「新羅(朝鮮)からの渡来神で河原に住んで、香春の神という。

天忍穂耳命、天穂日命は古事記には天照大神の御子でいわゆる日子の神である。

神社の古伝によれば、辛国息長大姫大日命天忍穂耳命はある日、豊前国の田川の地に天降って、名のりあい、この地に居を構えようと思うと云った。

この2神は雲に乗って地域を見て回り良いところだと感じ意気投合して、二男一女の神となる。

神武天皇癸丑の年、筑紫の凶賊を平定して権力を握り、国は平安を保つことができた。

神武5年乙丑の年、地殻の大変動が起きる。海は干上がり、川は水がなくなった。神武天皇は勅りして、土を盛り、樹を植え、石を積んで、神社を建て三神を祭った。

第12代景行天皇43年(西暦113年)癸丑の年の春、大悲三神大明神と号して、第一殿に日忍骨神、第二殿に日大目神、第三殿に日穂日神を祭った。

第30代欽明天皇の時、仏教が伝来して、日本国中広く流布した。神仏習合の時が来た。堂宇(お堂の軒先)で話し合って次のように決める。第一殿に殿釈迦如来(日忍骨神)、第二殿に殿観世音菩薩(日大目神)、第三殿に殿地蔵菩薩(日穂日神)を合祀した。

ある時、香春の神来て、「菓原」「久和波良」とか云われていたが、桑原と命名した神のお力で、農民はじめ、あらゆる職業の老若男女に至るまで福利が保たれ、君臣の親しさや男女の和合も良くなった。

畜生に至るまで幸いがなくなり、何の苦労もなく、平和な暮らしのできる世の中になった。

神は千辺万化して郷人を護り、楽土を築くことができた。

  

桑原神社の祭日

5/2-3:神幸祭
6月初旬の土曜か日曜:皆作祭
12月の第一日曜日:丑祭

桑原神社」の住所・交通アクセス・営業時間・公式サイト

住所〒824-0511 福岡県田川郡大任町今任原2719
営業時間24時間
駐車場駐車場なし
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