イベント情報

昨年の大任町夏まつり歌謡ショーゲストの鳥羽一郎さんの歌う新曲「おおとう桜街道/彦山川ジミー」が道の駅で発売中!あの宇崎竜童さん作曲の豪華コラボ!

大任町にある道の駅「おおとう桜街道」にオリジナル曲ができました!

しかも、なんとなんと歌手は、NHK紅白歌合戦に20回も出場し、「兄弟船」や「十国峠」で有名な鳥羽一郎さん。そして作曲はダウン・タウン・ブギウギ・バンド「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」でオリコン1位を獲得し作曲家としても活躍する宇崎竜童さん!

タイトルは1曲目が「おおとう桜街道」、2曲目に「彦山川ジミー」それぞれカラオケバージョンも収録されています。価格は税込1,300円。

販売場所は道の駅おおとう桜街道のもみじ館物産直売所側レジと、宝くじ売場です。

ぜひお買い求めください!


鳥羽一郎さんのプロフィール

三重県鳥羽市石鏡町出身。父は漁師、母は海女という漁業一家に生まれた。5年間、遠洋漁船の船員としてパナマやインド洋までマグロやカツオの捕獲に従事。海が荒れれば命さえ落としかねない厳しい環境での心の慰めは、『別れの一本杉』『なみだ船』といった船村徹の作品だった。

一度は板前を志し、調理師免許も取得していた。だが実弟の山川豊が東京での活躍もあり、もともと抱いていた歌手への想いを断ち切れず27歳で上京。かねてから憧れの存在であった船村に弟子入りし、3年間の修行生活を経て1982年、出身地に由来する芸名をつけて『兄弟船』で歌手デビュー。デビュー時のキャッチフレーズは「潮の香りが似合う男」。「海の男」という、それまで殆ど取り上げられなかった独自の路線を開拓して、その年の新人賞を総なめにする。このとき既に30歳を迎えていた。

弟の山川がしなやかに「大人の色気」を歌い上げるのに対し、鳥羽の演歌は、大海原を相手に日々格闘する漁業従事者たちの「心意気」や「絆」を力強く歌い上げる。港町の漁師達の中では、友人と酒盛りをしながら鳥羽の演歌を聞くのはもはや日常となっている。また、テレビ番組において船に乗り込み漁に出るようなロケがあったり、漁師や仕事で船に乗っている人が出演すると、挿入歌として「兄弟船」が流されることが多い。

1985年に初出場したNHK紅白歌合戦は、2007年で20回目の出場を数えた。また、全国に12個の歌碑が建設されている。数々の音楽賞の他、海難遺児の進学機会確保のための80回に及ぶ献身的なチャリティー活動などが評価され、7度の紺綬褒章受章歴もある。

2006年に歌手デビュー25周年を迎え、1月11日に記念曲第1弾『母の磯笛』を発売。

息子の木村竜蔵も歌手として活動している。(wikipediaより

宇崎竜童さんのプロフィール

母親の出身地で疎開先だった京都市伏見区に生まれる。なお、母方のルーツは京田辺市である。生後間もなく東京に引っ越して、中学卒業まで代々木上原で育った。渋谷区立上原小学校、明治大学付属中野中学校・高等学校、明治大学法学部卒業。父親は滋賀県大津市出身で、東京商船学校を卒業して船乗りを経た後に、代々木上原で船具店を経営し裕福だったが、中学3年生の時に父の会社が倒産し、一家は豪邸から借家生活となる。

明大付属中野中学・高校時代はブラスバンド部に所属し、明治大学時代は軽音楽クラブに所属しトランペットを担当していた[8]。大学の軽音楽部で阿木燿子と知り合い作曲活動を始める。両親の手前もあり、プロを目指すことはなかった。大学卒業後、内田洋行に就職したが性に合わず1か月で退社した。

その後、義兄の経営する大橋プロでマネージャーを務め、バンド時代の松崎しげるをスカウトし2年間マネジメントを担当するが、ここも退社した。1969年、大橋プロ在籍時に阿木作詞・宇崎作曲のコンビで手掛けた、ジュリーとバロンのシングル「ブルー・ロンサム・ドリーム」でプロ作家デビュー。

コンサートに飛び入り参加したのがきっかけでレコード会社から声がかかり、1973年に「ダウン・タウン・ブギウギ・バンド」を結成。シングル「知らず知らずのうちに」でデビューした。1974年に出した「スモーキン・ブギ」がヒットし、白いつなぎルックと共に脚光を浴びる。さらに翌年リリースしたシングル「カッコマン・ブギ」のB面曲である「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」がヒット、曲中のセリフ「あんたあの娘のなんなのさ」は流行語となり、この曲をもとに映画まで作られた。また「商品には手を出すな」もラジオでオンエアされ、話題となった。また、「キャロル」と「ダウン・タウン・ブギウギ・バンド」は、デビュー時期は異なり、キャロルが先輩だった。しかしこのデビュー時期の差が宇崎を悩ませた。宇崎らも最初は皮ジャンを着ていたが、キャロルが大々的に売り出されると「キャロル」の物真似と散々言われた。やむなく皮ジャンでないものを探して、たまたま「つなぎ」に行った。「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」が出るときに「キャロル」は華々しく解散。「矢沢永吉って人間には常に先に行かれたって気があった」と話している。宇崎と矢沢は、お互いを敵対的なライバルと見ていたという。

その後「沖縄ベイブルース」を発表した。76年ごろからヒットが出なくなり、歌謡曲の作曲家としての活動が目立つようになった。山口百恵に「プレイバックPart2」「イミテーション・ゴールド」「ロックンロール・ウィドウ」などを提供しヒットさせている。映画では『曽根崎心中』(1978年)、『TATOO(刺青)あり』(1982年)に主演しているが、「曽根崎心中」は梶芽衣子と友人だったことが、主演のきっかけとなった。1980年、バンド名を「ダウン・タウン・ファイティング・ブギウギ・バンド」に改名するも、翌年解散した。解散後はさらにドラマ出演、映画・舞台音楽や監督などに進出。1984年、音楽的新境地を開くために「竜童組」を結成。1990年に活動休止。

1993年、元ザ・スパイダースの井上堯之と共に大人のロックバンドを目指すため、「どちらかが死ぬまで続けよう」との約束で「宇崎竜童 & RUコネクション with 井上堯之」を結成。1998年に活動休止するが、2人の約束は維持した。1998年以降はソロ・アーティストとして活動。2008年にはデビュー35周年を迎え、2枚組のブルースアルバム、同じく2枚組のベストアルバムのリリース、記念ライブが行われた。

2008年4月10日、憲政記念館で開催された「天皇皇后両陛下御大婚五十年をお祝い­する集い」に臨席し、祝辞を述べた。

2013年8月22日と23日、「湯布院映画祭」で音楽を担当した作品および出演した作品が特集上映された。上映後は阿木燿子と共にシンポジウムに参加。ライブ&トークショーで映画にまつわる9曲を披露した。2018年1月5日には他のタレントとともに、総理大臣、安倍晋三と会食をおこなった。(wikipediaより)

「おおとう桜街道」の住所・交通アクセス・営業時間・公式サイト

住所福岡県田川郡大任町大字今任原1339
営業時間もみじ館:農産物直売所
9:00~18:30 (12/31 15時まで)
もみじ館:フードコート
10:00~20:00 (12/31 14時まで)
さくら館:さくら温泉しじみの郷
10:00~22:00 (季節により変更あり)
定休日もみじ館:農産物直売所・フードコート 1/1~1/2
さくら館:さくら温泉しじみの郷 12/31
駐車場無料駐車場
アクセス・国道322号香春交差点から県道52号を南へ約4.6km
・国道322号バイパス下今任南交差点から県道52号を南へ約0.5km
連絡先大任町役場:0947-63-3000
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